Taichi Nishishita
Architect & Associates
Blog

西石井の家|左官工事

2018.09.13

今日は左官さんが10人以上入って一斉に仕上工事。外壁はそとん壁の掻き落とし仕上げ。ふわりと優しく、温かみのある仕上がりに思わずうっとりします。掻き落としの作業はずっと眺めていたくなるような魅力があります。

建主さまにも現場に来ていただき、仕上がり具合をお見せしたり、左官のあれこれについてお話をしました。現場で一緒にお話しできる機会をたくさん設けて頂き、嬉しい限りです。

内部の左官工事も同時進行中。塗り具合を左官さん、私、建主さまで一緒に検討しました。ある程度意向を伝えたら、やっぱり最後は職人さんを信頼してお任せするのみです。皆さんとても気さくな方たちばかりでありがたいです。

毎日現場が楽しみでしょうがないです。明日は浴室の石貼り工事。これもまた楽しみです。

城辺の家|上棟

2018.09.11

城辺の家が無事上棟しました。室内も切妻型の勾配天井とし、中間に受梁や束を設けたくなかったので、10M弱の高強度の棟木をかけました。このスケールの住宅にしては圧巻のサイズの棟木に胸が躍ります。

連日雨続きだったのが、嘘のように爽やかな建方日和でとても気持ちの良い一日。初めての愛南町の物件ということで、初めてのお付き合いとなる工務店さんですが、大工の皆さんをはじめ、見ていて心地よいチームワークにこちらも安心。これから始まる内部造作も楽しみです。

職人の皆さま、ありがとうございました。
建主さま、本日はおめでとうございました。

天窓の光

2018.09.06

西石井の家も間もなく木工事が終わり、仕上工事に進みます。狙い通りの光が取り入れられていることを確認し、安心。

天窓も美しい光が落ちてくるよう納まりを密に検討しています。個人的には人が常時いるようなところではなく、部屋の隅とか廊下・階段のようなところに配置するのが良いと思っています。光の美しさだけでなく、リモコンで開閉し夏場の熱気を逃すのにも効果的です。

写真は階段室につけた天窓。これから漆喰で壁を仕上げます。漆喰の質感が天窓の光によって、より魅力的になっていくことを期待しています。

塩屋の家|上棟

2018.08.27

塩屋の家が無事上棟しました。農家住宅でほぼ平屋の低い建物ですが、屋根が大らかで清々しいです。屋根の美しさはとても大切なことです。垂木のかかった瞬間が私は一番好きですね。暑い中、作業してくださった職人の皆さま、本当にありがとうございました。

西石井の家・建方

2018.07.02

本日、西石井の家が無事上棟しました。現場に入ってくださった皆さま、暑い中ありがとうございました。

建主さんも現場を見て、よりイメージが湧いたようで、楽しみにしておられるご様子。いよいよ木工事、私もワクワクしています。

城辺の家・地鎮祭

2018.06.29

設計を進めてきた「城辺の家」ですが、地鎮祭と契約を同日に行いました。城辺というのは愛媛の最南端・愛南町の地名です。

雨と強い風の中の地鎮祭でしたが、なんとも愛南町らしい感じで心に残る地鎮祭でした。雨の地鎮祭、初めてでしたが良いですね。

その後、工務店さんの事務所でご契約。作業場を見せてもらいましたが、大工さんが別の現場の木材を刻んでいらっしゃいました。建主さんにこういう現場をみていただくのは大切です。

契約後は建主さんと深浦漁港でカツオを食べに。やはり愛南町のカツオは絶品。現場に行く楽しみの一つでもあります。

本日はおめでとうございました。

心を通わせること

2018.06.28

設計を進めてきた「塩屋の家」も昨日ようやく工務店さんと工事請負契約を交わすことができました。

契約後は近くの居酒屋に場所を移して、建主さん・工務店の監督さん・私で一緒に夕食を食べました。始めは少し緊張気味でしたが、プライベートな話も進んでくると次第に打ち解けてきて、本当に楽しい時間を過ごすことができました。

紙面上の契約だけじゃなくて、きちんと人となりが見えて、心の通い合う家づくりにしていきたいですね。これからも建主さんには色んな職人さんに触れてもらう機会を作っていこうと思っています。

西石井の家・地鎮祭

2018.05.31

「西石井の家」着工です。

建主とは9月に初めて出合い、ようやくここまで漕ぎつけました。わずか24坪の土地に延床面積20坪弱、しかも家族4人で住まう小さな家を建築します。小さいからこそ濃密な設計内容になり、建主にも本当に多くのお力添えを頂きました。地鎮祭を経て、改めて気が引き締まります。

稲荷の家・春の見学会終了

2018.05.07

「稲荷の家」春の見学会も無事終わりました。

今回も本当にたくさんの方にご来場いただき、ありがとうございました。完成して半年してからの見学会ということで住まい手の生活感をそのままお見せする見学会になりました。こういうのもリアリティがあって、良いですね。また、生命力に溢れた春のお庭をしっかりと感じて頂けたと思います。

見学会は終了しましたが、こちらの家はご予約いただければいつでも個別にご案内が可能です。今回来れなかった方、写真を見てご興味を持たれた方などお気軽にお問い合わせください。

上吾川の家・上棟

2018.04.14

「上吾川の家」が昨日無事上棟しました。農地転用もあり、着工までかなり時間がかかりましたが、ようやく。
ツーバイフォー工法ですが、通常スタッドよりあえて短くして階高をぐっと抑えています。軒出は1350mm。潔い佇まいの家になりそうです。

わからないことをわかろうとして、でもわからないまま

2018.03.19

知りたいと思っても、相手がはるか遠く高いところにいるので決してわかることができない。わかることはできないとわかっていても、魅力的に存在しているから知りたくなる。


人は古来、この好奇心と探求心によって多くの思想や芸術をつくりあげてきた。ここが科学との違いである。わかってしまいたくないという気持ちが知りたい気持ちの裏側にいつも存在している。

今、建築は不自由だ。芸術的な側面と科学的な側面を同じくらい持ち合わせてはいるけれど、多くの場合は“わかる”ことが求められる。芸術的な側面は置き去りになり、科学的な側面が重視されていく。“そんなことはない”と思いつつも、世の中が建築に期待することの大半が科学的になっているから、知らず知らずの間にその求められていることに忠実に応える癖がついてしまっている。“わからない”とは言えなくなっている。

建築は果たして進歩しているのだろうか。その問いに関して私は、科学的には進歩しているかもしれないけれど、芸術的には後退している、と応える。

~中略~

様々なことが科学的に解明されてきた現代にあっても、依然としてわかろうと思ってもわからないのが“自然”なのではないだろうか。わかろうとすることは大切だと思うけれど、どんなに科学的な技術を駆使しても決してわかるものではないだろうという認識をもち、自然の前に屈する覚悟と準備が必要なのではないだろうか。

わかることを目的にして急ぐのではなく、わからないことをずっとわかろうとして、でもわからないまま。そんな人の気持ちを肯定したい。人がみなそのことを肯定できるのであれば、建築はもっと自由で穏やかでいられるような気がする。

・・・・・・・・・・

上記は尊敬する建築家の文章の引用です。ふと、生物学者であるレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」を読み終えた時の感覚を思い出します。

建築にできることは何か、建築の役割とは何か。常に問い続けなければならないと思う。

春の訪れ

2018.03.18

ようやく椿が咲いた。
苔を小鳥がむしって困った(餌になる虫がいるのかな?)。
小鳥が木の実を食べているのを眺めている。
鳥の巣箱をつくろうか。
ギボウシはまだ出てこないかな?

庭を持ち、豊かな暮らしが始まっているようです。
春ですね。